光を携えて

「ナンナ、何も聞かずに目を瞑って手を出してくれる?」
 ようやく取り戻したレンスターの城を何とか守り抜き、セリスの軍と合流した直後のことだった。レンスターを守りにアルスターの城から発つ少し前、リーフは唐突に尋ねてきた。
 ナンナは頼まれるがままに目を閉じて、リーフに向かって両腕を伸ばした。言葉の意図は何一つ理解できなかったが、レンスターを守りに行くというときに、無意味な頼み事をするとも思えなかった。
 少しして、ずっしりとした重さを感じた。金属か何かだろうか、細長く、素肌に触れている部分は少し冷たかった。
「もういいよ」
 目を開けると、そこにはリーフの親の形見があった。フィアナ村から始まり、レンスターを奪還するまでの戦いで、幾度となくリーフの命を救ってきた光の剣。
 実物以上の重さを腕に感じながら、ナンナは慌てて剣を突き返した。
「こんな大切なもの、受け取れません」
「そう言うと思ったよ。でも、どうしてもナンナに使って欲しいんだ」
 リーフの栗色の瞳が堅い意志をもってナンナを見つめていた。かつてターラから逃れた時とも、フィアナ村で過ごしていた頃とも違う。世界の歪さや理不尽や苦しみや、そういうものを全て知った、深みのある瞳だ。
 きっと何を言っても、リーフはこの剣をナンナに持たせるつもりだ。普通に渡しては受け取らないとわかって、目を瞑らせたのだろうから。
 リーフにとって光の剣がどれほど大切なものか、ナンナは知っている。
 この剣を持っていると、人づてにしか知らない両親を感じるのだと、嬉しそうに目を細めて話してくれたこともあった。
 だから、ナンナも譲るわけにはいかなかった。これは、リーフが持つべき剣だ。幼馴染とはいえ、簡単に受け取っていい重さではない。
「受け取れません。これは、リーフ様のお命を守る大切な剣です」
 ナンナは、リーフの腰に剣を戻そうとした。それもかなわず、ナンナの腕は、戦乱を生き抜き、強さを増した手に掴まれた。痛くはなかった。けれど、掴まれた腕はもう、動かせそうにもなかった。
「それなら、君にはもう戦わないでほしい」
 リーフの瞳は、どこまでも透き通っている。真っ直ぐに向けられた愛情が、家族に向けられたものなのか、女性に向けられたものか。それすら推しはかれないほど、曇りのない瞳だった。
「どうして、そんな突然……」
 ナンナはもう、剣を返すことを諦めていた。ただ、受け取るに値する、納得できる理由が欲しかった。
 本当は、大人しく受け取って今すぐレンスターへ向かうべきだとわかっていた。それでも、リーフの口から理由を聞かない限り、受け取った剣を使えそうにはなかったのだ。
「ナンナは知らないだろうけど、君が攫われた時からずっと考えていたことだよ。ナンナがいるから、僕は強くなれる。僕の剣が君を守る力になればいいと、そう思ったんだ」
「でも、それなら私だってリーフ様に傷ついて欲しくはありません」
「ナンナ、よく聞いて。僕が傷ついたときには、ナンナがいつも手当てしてくれるだろう。でも、僕は杖を使えない。傷ついた君を治すことができない。だからせめて、その前に君のことを守らせて欲しいんだ」
 そこで初めて、リーフは視線を逸らした。わずかな沈黙が二人を包む。
 瞳を閉じて、リーフはゆっくりと深呼吸をした。
 大きな瞳が緊張した様子でゆっくりと開かれる。
「ナンナ、受け取ってくれる?」
 もう、頷くしかなかった。ナンナは、受け取った剣を胸の前で大切に抱えた。無機物の剣から、たしかな暖かさを感じる。それは、大切な存在に抱きしめてもらった時の温もりに似ていた。
「リーフ様、私の杖の届く場所にいてくださいね」
「うん、約束する。だからナンナも、僕の側から離れないで」
「はい、貴方のそばから離れません」
 二人は並んで歩いた。互いから離れないように、決意を込めた足取りで進む。
 命のやりとりがすぐそこにあるというのに、きっとこの先何があっても二人が離れることはない。不思議と、そう強く信じることができた。