ぶらんこ

 小学校二年生の時、クラスで二人漕ぎが流行った。もう少しすると、鉄の冷たさにブランコから人が離れていく秋。運動会も終わり、冬休みが待ち遠しくなってきた頃だった。
 一人はブランコに座り、もう一人が空いてる場所に体を向き合わせるようにして立つ。息を合わせて漕ぐと、一人の時よりも大きく、地面が真下に見えるほど大きく揺れるらしい。

 二人漕ぎが流行り始めてから、数日が経った。
 スカサハは、ラクチェと一緒に住宅街にひっそりと佇む公園に行った。休み時間の学校の校庭と違って、誰も人はいなかった。ブランコもただ、風に揺られてキーキーと音を立てている。周囲の柵は塗装が剥げて、赤茶の錆がついていた。
 色褪せた板には、土埃が溜まっている。そこに、ラクチェが座って、スカサハが立った。いつもはスカサハが見上げているのに、その時はラクチェのつむじがしっかりと見えた。
「足、はなすね」
「わかった」
 漕ぎ始めると、息が自然とそろった。二人を乗せた平たい板が大きく揺れる。一番高いところで土が真下に見えて、スカサハは少しどきりとした。それ以上に、二人分の力で思いきり風をうける感覚が、心地よかった。
 漕ぐのをやめると、段々と揺れが小さくなった。最後は、ラクチェが足をついてブランコを止めた。突然がくりと揺れたものだから、スカサハはあと少しでバランスを崩すところだった。
「ねえ、スカサハ。次はシャナン様をさそおう?」
 ラクチェは、スカサハを見上げて無邪気に笑った。
「シャナン様は大人だから、ブランコなんかのらないよ」
 それに、三人ではブランコに乗れないよ。と、スカサハは心の中で呟いた。
「でも、きっとたのしいよ」
「それなら、ラクチェがさそったらいいよ。おれはもう、まんぞくだから」
「そうなの? こうかいしても、知らないよ」
「ラクチェこそ、ことわられたーって泣きついてきても、知らないからな」
 四時半を知らせるのんびりとした曲が公園に響いた。
 ブランコの鎖を握っていた手が、赤茶に汚れていた。

 錆の色が、シャナンの手袋に薄らとついている。
 そのことに気がついた時、スカサハは後悔した。
 手袋をじっと見る視線に気づいたのか、シャナンが見やすい位置に手をもってきた。
「お前も、こういう手袋が欲しいのか?」
 大人っぽい、薄手の黒い皮手袋。指のつけねの辺りに広がる錆汚れが、ひどく場違いだ。
「そういうわけでは……。これ、どうしたんですか?」
 知りたくないのに、スカサハは思わず聞いてしまった。
「ん? ああ。ブランコに乗ったら取れなくなってしまってな」
「大人でも、ブランコにのるんですね」
「普段はそんなに乗らないぞ。昨日、ラクチェにせがまれたんだ」
「ふたりのり、したんですか?」
「ああ。学校で流行っているそうだな。……お前も、乗りたいか?」
「おれは、いいです」
 ラクチェの無邪気な笑顔が頭に浮かんだ。
 スカサハは、服の裾をぎゅっと握った。手袋の汚れを見たくなくて、顔を上げる。たおやかな笑みが視界に入った。それすら目を背けたくて、空を流れるふかふかとした雲に、意識を集中した。
「なら、代わりに違う遊びをしよう」
 錆で汚れた手袋が、スカサハの手を掴んだ。腕をひっぱり、シャナンが歩く。
 公園とは反対に、ゆったりと進んだ。
「そうだな。コマ遊びはどうだ?」
 進みながら、シャナンはぽつぽつと遊びを提案してきた。スカサハは、そのどれにも頷かなかった。手を引かれるまま、後ろをついていく。
 五個ほど提案をうけたところで、突然じわり、と視界が滲んだ。
 抑えていた感情が、突然、溢れ出した。ブランコの二人乗り。ケーキのチョコプレート。お菓子のおまけ。自転車を置く場所。
「しゃなんさま、おれ……。ほんとうは、しゃなんさまと、ぶらんこ、のりたかった……」
 足を止めると、シャナンが振り向いた。屈んだシャナンと、視線が合わさる。シャナンは、眉根をさげて、微笑んでいた。
「やっと、素直に言えたな」
 頭に、ふわりと優しさがのった。
「お前は、もっと、わがままになっていいんだよ」
 革手袋をしたままの手が、高いところから後ろへと流れては離れ、また流れた。
「ごめん、なさい……」
「いいんだ、スカサハ。謝らないでくれ。一緒に、ブランコに乗ろう」
 泣きじゃくるスカサハを、シャナンは愛おしそうに抱きしめた。