変わらない時間

「おまえは、本当にそれが好きだな」
 頭上から暖かな声がした。顔を上げる前に、向かいの席にトレイが置かれた。トレイには、ミネストローネとフランスパンが載っている。立ちのぼった湯気からは瑞々しいトマトの香りがした。
 スカサハは、ミルクプリンを飲み込んで相手を見た。額に汗がにじんでいる。マンスターの乾いた暑さは、ティルナノグの隠れ里にどこか似ていた。故郷を思い浮かべながら、スカサハは微笑みかけた。
「シャナン様お帰りなさい。見回りお疲れ様でした」
「ああ、ありがとう」
 シャナンはいただきます、と小さく呟いてスプーンを持った。髪を耳にかけてミネストローネを掬う。
「スカサハ、よければ私の分のプリンを持ってきてくれないか」
「はい、すぐにお持ちしますね」
 空になったプリンの器を片手に立ち上がった。
 
「スカサハって本当にそれが好きよね」
 声をかけてきたのはラクチェだ。どうやら、食事の片付け当番らしい。ラクチェの視線は手元のミルクプリンに向けられていた。
「これはシャナン様の分だよ」
「もう片付けの時間だし、余ってるからスカサハも貰っていけば」
「俺の分はもう食べたから……」
 予想通りの返事だったのか、ラクチェはふーん、とつまらなそうに返事をした。そして、有無も言わさず空いている手にプリンを押し付けてきた。
 スカサハは両手にほのかな冷たさを感じながら席へと急いだ。
 
 シャナンはパンを齧っていた。
「お待たせしました」
 トレイの上にプリンを置くと、シャナンはじっとスカサハの手元を見つめてきた。
「おかわりまでしてきたのか」
「ラクチェに押しつけられたんですよ。いつまで経っても人の話を聞きやしない」
「それにしては、随分と嬉しそうな顔をしているな」
 そういうシャナンの顔も、どこか嬉しそうだった。
「だが、私の分を食べてくれる人がいなくなってしまった」
「それなら、シャナン様も一緒に食べましょう」
 言いながら、スカサハは幼少の記憶を思い出した。無邪気にシャナンを遊びや食事に誘っていた懐かしの記憶だ。スカサハが何かに誘うと、シャナンはよく頭を撫でてくれた。
「ああ、そうするよ。おまえのいい顔も見れたからな」
 いい顔、の意味がわからず顔を触ると、シャナンがくつくつと喉を鳴らして笑った。
「なんだ、自覚がなかったのか」
「俺、どんな顔してましたか?」
「安心しろ、ちゃんとカッコよかったぞ」
「もう、揶揄わないでください」
 ひとしきり笑い終わったシャナンは、昔を懐かしむように言った。
「おまえの溌剌とした瞳だよ。子供の頃を思い出した」
 シャナンの手が頭の上に触れた。
「どうだ、懐かしいか」
「そうですね。でも、俺、もうあの頃あたまを撫でてくれたあなたより歳上なんですよ」
「わかっているよ。男前になったな」
 シャナンがパンを食べ終わるまで待ってから、ミルクプリンを頬張った。戦乱の合間。去りし日の懐かしい時間を二人は確かに共有していた。