ただの従兄弟はこんなことしない

 規則正しいノックの音で目が覚めた。日の出からだいぶ時間が経っているのだろう。窓から差し込む日差しが白く部屋を照らしている。
「今あける」
 まだ重い瞼を擦りながら、シャナンは体を起こした。
 扉の外にはスカサハの姿があった。その瞬間、頭の中は昨晩の記憶で満たされた。
 酒で顔を赤らめた姿。突然触れてきた唇の感触。高い体温。スカサハの表情は必至そのもので、だからシャナンも拒めなかった。酔いの回った頭では、黙っているだけで精一杯だった。
 シャナンは気を紛らわせるように髪をいじった。まだ櫛を通していないせいで、ところどころ指が引っかかる。
「俺、昨日どれくらい飲みましたか? 記憶がないんです……」
 落ち着かず揺れ動くスカサハの視線が、ローテーブルの方向でとまった。つられるようにテーブルを見ると、昨晩の晩酌の名残が残っていた。成人祝いであけたレンスター産の格式高いワインボトルは、ほとんど空っぽだ。
「あそこにあるワインを、私はグラス二杯飲んだだけだ。残りは全部おまえだ」
 母譲りの体質からか、スカサハは酔ったそぶりもなく酒を飲んでいた。肌はいつもより赤かったが、本人に酔いの気配がない以上、止める理由もなかった。
 こんなに心掻き乱されることになるならば途中で止めればよかったと、シャナンは小さくため息をついた。
 その態度に感じるものがあったのか、スカサハは焦った様子で腕を掴んできた。
「もしかして、俺、何かしてしまいましたか?」
 触れてきた体温は、昨晩に及ばないまでも温かい。夢中でシャナンを抑えつけてきた腕と、同じ強さだった。鼓動が速くなっている。スカサハに気づかれないか、シャナンは気が気ではなかった。
「おまえが気に病むことは何もなかったよ」
「そうですか……」
 呟いたスカサハは、物憂げな顔をしていた。シャナンの態度が違うことに気づいているのだろう。
 どちらにしても気にするのならば、とシャナンはスカサハの頭を手で寄せた。もちもちとした潤いがある頬に唇をあてる。
「これを、唇にされた」
 スカサハはしばらく固まっていた。
「おまえにとって、私はどういう存在なんだ?」
 静寂が部屋を包んだ。スカサハの顔が真っ赤に色づいている。
「……シャナン様は、俺の剣の師匠で、従兄です」
 シャナンは呆れてため息をついた。
「ただの従兄だと思っている相手に、おまえは口づけをするのか」
「……嫌じゃありませんでしたか?」
「嫌だったら、腕を掴まれた時に振り払っている」
 今度は唇に触れてやった。スカサハは信じられないと言いたげに目を丸くしていた。棒立ちになっている姿をそのままに、テーブルの上を片付け始める。
 スカサハは珍しく手伝おうとする素振りをみせなかった。あらかた片付いたところで振り返ると、同じ顔のまま、変わらない体勢で立っていた。
「おまえは、まだ私をただの従兄だと言うつもりか?」
「……もう、言えませんよ」
 スカサハの手に服を引っ張られた。躊躇いがちに震える手に、シャナンは自分の手を重ねた。
「不安なら、全部私のせいにすればいい。私がおまえ欲しさに嘘をついているだけかもしれないぞ」
「あなたの言葉が事実であることくらい、わかってます」
 空高くにある太陽が、二人を照らしている。スカサハの手はまだ震えていたが、触れてきた唇の感触には躊躇いがなかった。