はじめまして、を繰り返す

※現パロです

 シャナン様、俺は生まれ変わっても絶対にあなたを好きになります。あなたのそばにしか、俺の人生はありません。

 前世らしい記憶を思い出しながら、シャナンはビル街を歩いていた。背丈の高さに合うサイズが中々見つけられず仕方なくオーダーメイドでつくったスーツを身にまとい、同じようにスーツ姿の男女でひしめく道を進んでいく。吹き荒れる強風に長髪が靡いた。まだ新品のような艶がある革鞄の中はほとんど空っぽだ。小説作家をしているシャナンは、担当者が変わるというので挨拶がてら出版社に出向くところだった。
 
 受付を終えて、幾つも並ぶ個室の一つに案内された。手頃な丸椅子に腰掛け担当の到着を待つ。
 間も無く、見慣れた編集につれられて入ってきた姿は、シャナンのよく知るものだった。よく知る、と言っても初対面である。夢の中で度々見る男だったのだ。おそらくシャナンの恋人だったらしい、来世の中を誓い合った、たれ目とつり眉のバランスが絶妙に男らしさを持つ男。
 想定外の状況に目を丸くするシャナンに気づくことなく、男は手を差し出してきた。
「スカサハ、なのか?」
 シャナンは自己紹介を待たずに聞いた。男の差し出した手を、両手で掴む。
「ああ、確かによく似ていると言われます」
 男は、本当に言われ慣れているのだろう。さして驚いた様子もみせず爽やかな顔をしていた。真夏に弾けるサイダーのような、清涼感あふれる表情だ。
 一方で、覚えてくれていない事実は、想像以上に堪えた。シャナンの沈黙を、言葉の続きを待っていると捉えたらしい。男は控えめに続けた。
「名前も一緒ですし、奇妙な偶然もあるものだってシャナン先生の小説を読みながらずっと思っていたんですよ。それが、入社してすぐ担当になれるなんて光栄です」
 シャナンは返すべき言葉を見つけられずにいた。スカサハは屈託ない笑みを浮かべている。
「……この様子なら平気そうだね。スカサハ、先生に失礼がないようにな」
 スカサハが頷くと、前担当編集は二人にお辞儀をしてそそくさと部屋を出た。
 シャナンは両手でしっかりスカサハに触れている。根拠はなかったが、何度もシャナンを暴いてきた手と同じ温度だと思った。それくらい、スカサハの熱は心地よい。
 しばらく無言が続き、シャナンは大切なことを思い出した。
「すまない挨拶が送れた。はじめまして、であっているだろうか」
「そんな気はしませんけどね。はじめましてです」
「そのスーツはオーダーメイド……ですか?」
「敬語はよしてください。俺、あなたより十は年下ですよ。今年、新卒なんです」
「それなら、担当作家をもつのも私で初めてか?」
「はい。至らぬ点もあるかと思いますが、俺、あなたの物語がもっと世の中に広まるよう頑張ります」
 質問が止まらなかった。シャナンは今のスカサハのことを何も知らない。いくつも、いくつも質問をした。スカサハは嫌な素振り見せず一つ一つ丁寧に返した。冬の生まれで双子の兄であること、体を動かすことが好きなこと、甘党より辛党であること。スカサハを形作る要素は、どれをとっても前世のスカサハを彷彿させるものだった。
 そして、ついにシャナンはきいてしまった。
「私のことを、本当に覚えていないのか?」
 スカサハは、質問の意味がわからないと言いたげに目を瞬かせ、首を傾げた。その様子を見て、しまったと思った。
「え?」
「……すまない、忘れてくれ」
「あの、俺は何も覚えていませんが、それでもよければ、あなたの持っている俺との記憶を聞きたいです」
 スカサハは物語をねだる子供のように、瞳を輝かせていた。
「前世の記憶になるが、構わないか?」
「はい!」
 タイミングよくスカサハの携帯がなった。
「出てやるといい。私はもう帰るよ」
 スカサハの温度を覚えた手で、シャナンは置いてあった鞄を掴んだ。営業用のワントーン高い声がうしろから聞こえる。
 時間はまだある。遠い昔に交わしたスカサハとの約束を信じて、今は一歩ずつ、目の前のスカサハとの関係を深めていこうと思った。