多分上手く笑えていない

 温暖な季節が過ぎ、寒さが深まってきた。この季節になると、シャナンは目の前で連れ去られた恩人の姿が頭から離れなくなる。もう十年が経ったというのに、その記憶は呪いのようにシャナンを縛り付けて離さなかった。
 オイフェに子供らを預けて城の外に出た。最近、シャナンはかつてのアイラの気持ちがよく理解できるよになった。両親を失ってもなお前を向いて生きようとする姿に、過去を悔やんで涙する顔は見せたくない。
 感傷的な気分に浸るたび、シャナンは少し離れた場所にある丘から海を眺めた。海は、穏やかに揺れ、太陽光を柔らかに反射して輝いている。守れなかった恩人の髪も、いつも同じように光を受けて輝いていた。
(私は、あれから強くなれただろうか)
 シャナンは刀の柄に手を添えた。怪しげなマントの男たちを目の前にして、恐怖に震え、上手く抜けなかった剣。あの時もし刀を抜いて果敢に戦えていたら。悔やんでも仕方のないことがぐるぐると頭の中を巡った。
(そろそろ、帰らなければな)
 日が傾きはじめていた。帰路に着こうと体の向きを変えると、近くの茂みがごそごそと音を立てた。
「誰かいるのか?」
 シャナンは剣を構えながら周囲を見渡した。茂みからおずおずと顔を覗かせたのはスカサハだった。
「どうしてこんな場所にいる」
 スカサハは俯いたきり動こうとしない。かつて、シャナンもアイラに対して同じことをした。アイラを元気づけようと後をつけ、かけるべき言葉を見つけられず、見つかった気まずさに何も言えなくなってしまった。
 シャナンが近づくと、スカサハは怒られることを恐れるようにぎゅっ、と目を瞑った。
 アイラは、シャナンの目の前でしゃがみ、頭を撫でてくれた。シャナンも同じようにスカサハの頭に手をのせた。少し硬い質感の髪が、撫でた方向に綺麗に流れていく。
「スカサハ、私を心配してくれたんだな。ありがとう」
「勝手に城を出てきてしまったのに、怒らないんですか?」
「私もかつて、おまえの母親に同じことをしたからな。だが、今後は黙ってついてくるのはやめるんだぞ。おまえに何かあったら、私はアイラに申しわけがつかない」
 アイラがしてくれたように笑いかけてみたが、きっと引きつった笑顔になっていた。それでも、シャナンの想いは届いたらしい。スカサハははっきりと頷いた。
「一緒に帰ろう」
 差し伸べた手に、スカサハは遠慮がちに触れた。
 赤く色づいた帰路を、二人は小さな歩幅で進んでいった。