日暮れ前、空を眺めていたら舞い込んできた夕暮れ色の騎竜。その竜より数段鮮やかな髪を、真っ直ぐ胸元まで伸ばした男がミシェイルだった。
「貴公がカミュか?」
竜に降りるなり聞いてきたミシェイルに、カミュは怪訝な顔をした。
「……我が王がお待ちだ、マケドニアの王子」
「ミシェイルと呼べ。貴公にはいつか俺の力になってもらう予定だからな」
初対面から無礼な男だと思った。その時のカミュには、ミシェイルから滲む傲慢さが、ただその地位に溺れたものに見えていた。
「では、ミシェイル殿。王の元まで案内する」
廊下にミシェイルの足音が響く。カミュの何倍も、ミシェイルの足音は大きかった。
「騎竜には、底が厚く固い靴が適しているのだ」
途中、カミュの内心を読み取ったようにミシェイルは呟いた。
「それにしても、この俺より背が高い男は中々いないぞ」
「……よく言われる」
「愛想がないとは?」
「あまり」
「そうか、ではそのつれない態度は俺にだけか」
背後でミシェイルはくつくつと喉を鳴らして笑った。気に食わない男の、その笑い方だけは好ましいと思いながら、カミュは無言を貫いた。
「着いた」
短く告げてカミュは扉を叩いた。グルニア王の声を確認してから、扉をあける。そのままカミュは王の横、一歩下がった場所に控えた。
「ミシェイル王子、よく来てくれた」
カミュの主であるグルニア王が歓迎の言葉をのべる。
カミュは空気に徹しながらも、王と会話するミシェイルの手の動きを眺めていた。傲慢さに似合わず、指の付け根あたりが硬く膨れた竜騎士の手は、適切なジェスチャーで話を補完していた。
帰りもカミュはミシェイルの先を歩いた。たいまつの明かりを頼りに騎竜の元まで急ぐ。
このように暗い中を飛んで帰るのかなどと、余計な心配をしたくなる夜だった。新月を迎えたばかりの細い月だけが、かすかに夜を照らしている。
「あの様子、グルニアはドルーアと同盟を結ぶな。貴公はそれで良いのか?」
「どういう意味だ」
ぴたり、と足音が止まる。背後から突き刺すような視線を覚えて、カミュは振り向いた。
「カミュ、貴様はドルーアが憎いのだろう?」
暗闇の中松明の揺れる炎を拾って輝く瞳の奥に、カミュと同じ感情があった。
「私は王の命に従うだけさ」
「なら、それが決まってからで良い。俺に手を貸せばドルーアを滅ぼしてやる」
「考えておく」
カミュには予感があった。遠くない将来、きっとカミュは王の許可を得てマケドニアを訪ねることになる。
まだ細い月を覆い隠して舞い上がった騎竜は、ミシェイルの手で迷うことなくマケドニアへと発った。残された月に、カミュは暗闇に浮かんだ不敵で妖しい口を見た。