朔月の空に光を探す。暗闇に閉ざされた空は、今にも消えそうな星が点在するばかりで、地上に差す光はない。
ノールは存在しない光を求めていた。他者の理解を諦め、言葉を尽くすことをやめても、光だけは求め続けていたかった。
偏見に晒される闇魔導士たち。その中でも、ノールの家系は生まれながら闇魔道を修めることが定められていた。地位も与えられないまま、王家に縛られて給金をもらい、未来を規定され続ける人生。父はそんな人生に見切りをつけて死を選んだばかりだった。母がどこにいるかは知らない。月を見上げる視界が霞んだ時、幼子が話しかけてきた。
「どうして泣いているの?」
松明に照らし出された顔はまだ幼かった。六歳ほどだろうか。辛うじて男子だとわかる程度にあどけない幼子は、ノールをじっと覗き込んだ。
顔にそっと手が伸ばされて目を瞑る。頬に水の流れる感覚があり、少し遅れて柔らかな布が触れた。
(そうか、私は泣いて……)
泣いている姿を見られた情けなさで少し俯いていると、幼子はノールの隣に腰を下ろした。辺りは光のない暗闇に戻っている。
「なにか、ぼくにできることはある?」
「あなたは」
「リオン」
リオンは、ノールの自己紹介を求めるように、じっと瞳を向けてきた。
「私はノールです」
同じように名乗って終わるつもりが、リオンはまだ紹介を求めるように目を輝かせていた。わずかに躊躇ってから、ノールは続けた。
「魔道の研究をしています」
「まどう?」
「……魔物の魔法です」
幼子を遠ざけようと嫌な言い回しをしたが、思惑とは裏腹にリオンは無邪気にはしゃいだ。
「ノールは、すごいんだね!」
「いえ……」
否定しようとして、言葉に詰まる。偏見のない無垢な表情に、ノールは魔法を使ってみせてやりたくなった。吐息と区別がつかないほど小声で呪文を呟く。
ノールの放ったミィルは、小さな黒紫の塊を作り上げ、地を這った。
「きれい!」
闇の似合わない、淡い光をまとった幼子は目を輝かせていた。朔月の空の下、ノールは求めていた光を見つけた。
地下牢。壁に繋がれた両手。ノールは静かに処刑を待っていた。ノールが見つけた光は、十幾年の年月を経て闇へと転じてしまった。
リオンを闇魔道に近づけてしまったことが、全ての過ちだったのかもしれない。リオンと出会った日にノールが光をみつけなければ、国の光が闇へと転じることはなかった。
リオンは皇子だった。皇子でありながら、堅苦しさがなく、共にいて心安らぐ存在だった。
ノールが見つけた光は国の光そのものだった。けれど、闇の中に光を求め、全てを失った。色彩に黒を混ぜれば濁るように、無垢だった幼子は闇へと染まった。その全てがノールのせいだったと言うつもりはない。
ただ、光のない地下牢に囚われているとどうしても考えてしまう。
リオンの運命を変えたのは、ノールとの出会いがきっかけだったのではないかと。闇魔道と交わる機会がなければ、リオンは民の望む王になれたのではないかと、無意味な思考が脳裏に浮かぶ。
浮かんでは掻き消しているうちに、ノールはかつて見つけた光を否定しまいとやっきになる自分に気づいた。
(らしくないですね……)
すべては結果でしかない。川の流れに従って分かれ道を選んだ結果、戻れない闇へと辿り着いただけだ。
それでもリオンは特別だった。
存在しない光を探し求めていた人生の中で、リオンだけが淡く光る特別だった。
ため息をつく。処刑の日は近い。それすらも意味のない出来事な気がしていた。リオンのいない人生に、どのみち光はない。
遠くから忙しない音がした。グラドの城が戦場になっているのかもしれない。予想をしたきり、何をするでもなく、ノールはぼんやりと黒い天井を眺めた。
それから何時間が経っただろうか。食事の時間でもないというのに、地下牢にある唯一の出入り口が重い音と共にひらいた。
松明の灯りがノールを照らす。
松明の先に、リオンはいなかった。