仲間たちを焼きながら揺れる炎が、現実だとは信じたくはなかった。
長い戦いを終えてようやくグランベルの王都に帰りついたシグルドたちを待ち受けていたのは、手酷い裏切りだった。
「アルヴィス、きさま!」
絶望の淵で、それでも闘志を捨てずにシグルドは叫んだ。親友を失い、仲間を焼かれ、妻を奪われた。
国のためを思って戦った末に、国によって反逆者として殺される。その屈辱に耐えかねて叫んだ。
アルヴィスは、無惨な光景から目を離さずに立っていた。
「アゼルも、この中にいるのだぞ。たった一人の大事な弟だというのは嘘だったのか」
シグルドは残る力を振り絞りアルヴィスのもとへ近づいた。
濡れ衣を着せられ、命を狙われ、それでも会いに来てくれた父。その父から託されたティルフィングを手に、シグルドはどこに残っているかもわからない力を振り絞った。
熱い。痛む左足で燃える地を蹴る。けれど、剣の先がアルヴィスの体に突き刺さるには数歩足りない。
シグルドは心からアルヴィスを憎み、足りない距離を埋めようと剣を投げた。剣は重く、シグルドの手を離れた瞬間から地面へ向かい落ちてしまう。
一矢を報いることすらできないのか。
残された闘志すらもが消えそうになった時、ファラフレイムの詠唱が聞こえた。アルヴィスが一歩踏み出した。その足にティルフィングが突き刺さる。アルヴィスはじっと足を見た。ささった剣を抜かず、詠唱を続けている。
避ける気力も抱けないまま、全てを焼き尽くす炎の魔法ファラフレイムが直撃し、視界が暗くなった。
情けない最期だ。いつだか、皆の前で語ったことがあった。
「私が剣で誰かを貫くとしたら、それは相手に悟らせず勝ちを譲るときだろう」
槍とは異なり剣での突きは隙ばかりで、不必要に苦しみを与えるものだと思っていた。親友を苦しめ奪ったシャガールを倒す時ですら、シグルドは憎しみの狭間で衝動を堪え、首を斬る選択をした。
だが、現実は惨めだ。炎を前にして、シグルドは憎しみのために剣をとっていた。ティルフィングを投げた瞬間、頭の中に騎士として守るべき市民の姿は見えていなかった。
乾いた笑いが漏れ出る、喉がひりついて呼吸がくるしい。
「許せとは言わぬ。だが私には何に変えても果たすべき使命がある」
使命とは、一体なんだ。大事な弟を犠牲にしてまで果たすべきことがあるというのか。
ディアドラを城へ戻す時の焦りすら感じる表情を思い出す。シグルドとディアドラの関係を知っているようには見えなかった。
昔から何を考えているのかは分からなかったが、国のためによく働く男だった。
アルヴィスは一人で何かと戦っているのかもしれない。人を蹴落とし、弟を犠牲にしてでも得たい何かのために。知ったところでもう何もできない。そのことにもどかしさを覚える。
揺れる空気の奥にある男は孤独だった。
熱さも感じられない。炎の中へ溶けていくように、最期に息子セリスのことを考えた。
許せ、セリス。私がいなくても大丈夫だ。お前には、勇敢な聖戦士バルドの血と、見守り育ててくれる者たちがいる。
シグルドが息を引き取った後も、アルヴィスは足を貫いた剣を抜かず、揺れる炎をただ一人で眺めていた。