ガルシアは、騎士団長が息を引きとった日、冷たい雨の中で立ち尽くす若い見習い騎士を見かけた。団長が帰城されたときに門の見張りを務めていた青年だ。ジャハナに多く、ルネスでは珍しい赤髪からして間違いないはずだ。
彼の、見習いとは思えない的確な行動は、既に団長の訃報と共に噂になっていた。
その彼が、傘も持たずに静かに雨に打たれている。
「どうした。風邪を引くぞ」
ただでさえ季節外れに寒いというのに、雨に濡れればますます冷える。青年の体温はすっかり下がっているらしく、顔も青白くなっていた。
声をかけても、彼は動こうとしなかった。
「……今はこうしていたいんです」
「そうか」
雨の音にかき消されそうなほどか細い声を放っておけず、ガルシアは黙って彼の隣に立った。手持ちの傘に彼をおさめ、代わりに自身の右肩を雨に濡らす。
青年は、そんなガルシアに何か言いたげにしてから、口を閉ざしてうつむいた。
まだ幼さを残す瞳の白目が赤く充血している。赤い髪からつぎつぎと大粒の滴が頬を伝っていても、泣いているのだとわかる目だ。
「悲しいのか」
それはガルシアが遠い昔に置き去りにした感覚だった。身近な者の死に慣れすぎた男は、妻が病死した日にすら涙を流せなかった。一人の身内の死を泣けば、泣かずに別れを告げた仲間達に合わせる顔がない。
ガルシアとは対照的に、団長は、ほとんど関わりのなかった騎士の死まで平等に泣いて悼む、心温かな人だった。
隣に立つ彼の純粋な心は、団長にすこしばかり似ている。
「将軍と共に、騎士として主君のお役に立ちたかった……」
「団長の残した心が根付いている限り、共にあれるさ」
「……はい」
見習い騎士は不器用に口の端をもちあげた。ガルシアは、青年の歩幅に合わせて隣を歩いた。
青年と共に歩いている時、ガルシアは、唇を引き結び、涙を堪えながら互いの手を握り歩く兄弟の姿をみつけた。記憶に間違いがなければ、団長の子だ。弟の方は、ガルシアの息子とも歳が近い。
ふと、親戚に預けてばかりの息子を思った。ガルシアも若くして妻を失っている。ガルシアの子はあの兄弟とは異なり一人だけだった。
「すみません、もう大丈夫です」
屋根のある廊下までついたとき、青年は申し訳なさそうに言った。
「あんたはいつ騎士になるんだ」
「何も問題がなければ、来月に」
家族の替えはきかないが、騎士の心は続いてゆく。幸い、すぐそばにも一人、団長の心を継ぐ騎士がいた。彼のような存在がいる限り、国も陛下も安泰だろう。
「そうか。達者でな」
一ヶ月後、ガルシアは陛下に暇を告げて、息子と共にルネス王都を離れた。
〜あとがき〜
ガルシアさんも団員の死に涙してそうな印象が本編ではありますが、人柄は気さくだけど死は悲しみを表に出せない、そんな部分を負い目に感じつつも認めている戦士でもいいのかなと。
息子と二人で暮らす中で歳もあり涙もろくなったので、本編ガルシアさんは仲間の死を泣いていると思います。