ラクチェの大きな瞳が、スカサハを非難するように見据えている。
「どうして教えてくれなかったの」
小さい頃に重ねていた兄弟喧嘩よりもずっと冷ややかな怒り。スカサハは、罪悪感から一歩も動けずにいた。
怒りの発端は、スカサハがシャナンに向けている感情を知られてしまった事だ。ラクチェが戦後ドズルへ向かうと決めたため、中々会えなくなる前に二人での時間を過ごしていた。本当は従兄弟のシャナンも誘っていたが、ヴェルトマーへの進軍方針を決める会議が長引いているため、二人きりで始めることになった。
二人はさまざまな思い出を語り尽くした。ラクチェの恋愛変遷。成長期で背の伸びたスカサハの頭にたんこぶが絶えなかった話。本気で殴り合いの喧嘩をして二人で正座させられた九歳の記憶。その喧嘩の原因が思い出せないこと。生まれてからの思い出を話しているうちに、スカサハの口はつい緩み、シャナンとの思い出話が増えていった。ラクチェも途中まではそれを楽しそうに聞いて、話してきた。
「ねえ。スカサハは恋愛に興味がないものだとばかり思ってたんだけど……」
話の途中でラクチェが切り出した時、すぐに嫌な予感がした。ラクチェが慎重に前置きをする時は、いつもスカサハにとって好ましくない話が待っていた。少し太っただの、剣の腕が鈍っただの、友人だと思っていた人に本当は嫌われているだの。
「もしかして、シャナン様のことが好きなの?」
続いた言葉に、スカサハはうん、とも違う、とも言えずに固まった。聞かれた以上嘘を貫くことは難しかったが、一生胸のうちに留めると決めていた感情をあっさり認めることもできなかった。
流れた静寂を、ラクチェは肯定の意で捉えたらしい。
「いつから?」
確信を持った声に観念したスカサハは正直に答えた。
「物心ついたときには」
「へえ、私がシャナン様に恋をしていた時もなんだ」
それは、まあ。
「私がヨハルヴァと恋人になった時、安心した?」
ごめん。
答えていくうちに、スカサハは自分の立場が不利になっていくのを感じた。ゆっくりと逃げ道を絶たれ、言い訳も許されず、段階的に強くなっていくラクチェの怒りを受け止めることしかできない。
「スカサハっていつもそう」
いくつも問答を繰り返した後、温度のないため息がした。
「私の恋を応援してる時、どう思ってた? うまくいかなければいいって思った?」
「それは違う」
スカサハは震えた声を返した。ひとまわり小さい妹に敵う気がしない。
ラクチェがシャナンに恋心を抱いていた時、スカサハはその恋を応援していた。しかし、同一人物に向けている恋心の秘匿を裏切りだとラクチェがとらえたのなら、スカサハには怒りを受け止める以外何もできないように思えた。
殴られることも覚悟して、スカサハは口を固くとじた。ラクチェの試すような厳しい視線が肌に突き刺さる。
「でしょうね。あんたってそこまで器用じゃないもの。まあ、だから気に食わないんだけど」
一転してさっぱりした物言いに、スカサハは困惑で目を瞬かせた。ラクチェはもう怒っていないらしく、まわりの空気が随分と柔らかく変わっていた。
「どういう意味だ?」
「人に譲りすぎるなって意味よ。あんたも、シャナン様も。それから多分、父様も」
「どうして父さんが出てくるんだ?」
「剣の入手も大変なときに、名刀を母様に渡したって話じゃない」
その物言いに納得いかず、スカサハは反射的に言い返していた。
「それは、母さんを守るためじゃ……」
「だから、そういう考え。私だってイザークの剣士よ」
ラクチェの言うことはよくわからなかった。もう少し聞くべきか悩んでいるうちに、ラクチェが腕を真上につき伸ばして欠伸をした。そして、なんてことなさそうに呟いた。
「まあ、だから私はヨハルヴァに惚れたのかもね」
「よくわからないな」
「わからなくていいわよ。乙女心は複雑なんだから」
シャナン様も早くこないかな。ラクチェが呑気な調子で水の入ったコップに口つける。スカサハは、結局ラクチェが怒った理由すらわからないまま、なんだか釈然としない気持ちでその様子を眺めていた。
裏切り、ごめん
※ヨハルヴァ×ラクチェ前提です