Side:シャナン

※「一歩前進?」から「お家訪問」の間の時間軸のシャナン様の心境。


 スカサハに避けられている気がする。
 散歩の時間に会うことがなくなった。家を訪ねても留守にしている。かつて、誰かへの想いを打ち明けようと練習していた公園を覗いても、一向に姿を見せる気配がない。
 思い返せば、最後に話した時、スカサハの様子はどこかおかしかった。いざ恋路の話をしようという時、困ったように黙りこくったり、全く心当たりない相手を、シャナンもよく知っている人だと言って立ち去ったり。
 スカサハの身の回りで歳の離れた女性など、シャナンの叔母くらいしか心当たりがない。
 思わず、スカサハとその母アイラとの歳の差を数えかけて、シャナンは指折りを止めた。
 こういうデリカシーのなさが、無意識にスカサハを傷つけたのではないだろうか。
 一度、頭に疑念が湧きあがると、後悔ばかりが押し寄せてきた。
 従兄弟だからといって、迂闊に恋路へ介入するべきではなかった。警戒されて当然だ。
 話したくないことを、言わせてしまったのではないだろうか。いざ恋の話をするという時、指いじりをしながら黙りこくった姿。それは、嫌だという気持ちの表れだったのかもしれない。
 よく知っている人物だと言ってきたのも、これ以上触れるなという意味だったのだろう。
 妙な納得感に一人頷くと、鍋がふきこぼれていた。

 料理は、シャナンが唯一得意とする家事だ。正確な包丁さばきで、具材を思い通りの形に切ることをとりわけ得意としていた。おかげで、市販の調味料と合わせれば、煮込み料理はお手のものだった。
 昔は、味噌汁に人参で作った花を浮かべていた。よくある、型抜きでもつくれるような形だ。シャナンは、それを毎回律義に包丁でつくっていた。まだ「さ」行がおぼつかないスカサハの瞳が輝くのが嬉しくて、つい食事のたびに作ってしまったのだ。
 高校を卒業するまで、シャナンは叔母夫婦の元で暮らしていた。一人暮らしを始める頃には、従兄弟も自分の名をしっかり発音できるようになっていた。
 一人暮らしを始めてから、スカサハは、月に一、二回、訪ねて来る。昔はラクチェも連れてもっと頻繁に訪ねにきたが、成長に合わせて現在の頻度に落ち着いた。ラクチェは、恋人ができてからあまり訪ねて来なくなった。たまに、スカサハに連れられて顔を見せる程度だ。
 スカサハやラクチェが来る時、シャナンは欠かさず食事をつくった。煮物は前日。味噌汁、炊き込みご飯、他のおかずは当日に。味噌汁に飾り切りの人参を浮かべることはなくなった。スカサハも、もうすぐ十八になる。
 こぼれた汁を布巾で吸い取ると、薄黄に染まった。そのまま洗濯機へと放り込む。指先から出汁と野菜の香りがした。
 明日は、前々からスカサハと約束をしていた日だ。訪問が待ち遠しい。まずは、踏み込みすぎた迂闊を詫びよう。
 シャナンは、煮汁に多めの手羽先をいれて、火が通るのを待った。

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