十二国記の感想です(私が読んだ順番)。
本当は、白銀の墟 玄の月を全部読んだら全部まとめて感想を書こうと思っていたのですが、ちょっと、耐えられなくなりました。
白銀の墟 玄の月(二)の途中で既に耐えられなくて感情整理したはずなんですけど、もう、無理で……。
黄昏の騎士 暁の天
行方不明になった泰麒を皆が探して連れ戻す話。
あらすじだけで要約すると、そんな大変な話ではなさそうなんですけど、これがもう、重くて重くて、苦しかったです。
まず、序盤から苦しいんです。
「風の海 迷宮の岸」を読んでみんなが大好きになるであろう李斎さん(私が勝手に言ってます)が、生死を彷徨うところから始まったとき、私は呆然としました。
慶の宝玉があって本当に良かったです。
李斎さん片腕を失ってしまったけど、それだけ過酷だったことが伝わり、また苦しい。
慶に縋ろうとする李斎を止めた花影の言葉があったから、李斎さんは景王に「兵を動かしてはなりません」と言えたのかな。
花影の言葉がなくても、罪に気づいたとは思いつつも、やはり別れた友人の言葉が「重石」になっているという感情の運び方がとても好き。
自国が良ければ他国はどうなってもいいって考えるような人じゃないけど、必死だったんだよね、李斎さんも。
戴は外に縋るしかなかったんだもん……。
天に見放された戴国を、他国が見放さないでくれて本当によかった。
今の話でも少し触れましたが、この話は「重石」というメッセージがある作品だなと思いました(言葉として沢山出てくる訳ではないけれど……)。
この「重石」は、道を誤ろうとした時に誰かが止めてくれたり、誰かの言葉がふと考え直させてくれたりするという意味で使っています。
要するに、一人で判断しない、人との関わりの大切さということですね。
前回の十二国記の感想を読んだ方がいれば、既にバレバレだと思いますが、私は驍宗さんのことがとても好きです。
ちなみに前回書いた感想はこちら。
読書感想:風の海 迷宮の岸
その驍宗さんが、秋官に向かない花影さんを選んだ理由も「重石」なんですよね。
驍宗さんは前へ進みすぎるから、全体制の中での膿を取り除くために大量に罪人を裁かなければいけないとき、「裁きすぎない」秋官が必要だった。
それは、これから罪ある者を大勢あぶり出す驍宗さんにとっても「重石」の意味を含んでいたのだろうなと思うわけです。
民を思って変えているつもりが民のためになっていなかったら……。それを防ぐにも花影さんの特性は頼みにしていたのではないかな。
驍宗さんには泰麒のことが民に見える、民に隠すべきことは泰麒にも隠す。
泰麒を「重石」にできない、罰する行為は花影さんの判断に委ねようとしていた、どうにもそんな気がしてしまうのでした(これは誇大妄想)。
あと、景王と延王の部分にも「重石」がありましたね。
景王の無知から来る行動を延王が抑えなければ悲劇が起こっていたかもしれませんから。
と、こうして考えた時に戴に目を戻すと、泰を導いていく驍宗さんには「重石」が不足していたような気がしてしまいます。
国の中には驍宗さんと対等な目線で会話できる人がほとんどいなかった。驍宗さんの判断を信じる者ばかりで、最後に一歩踏みとどまるように言える人がいなかったんだなと。
泰麒はその役目を担えるはずの存在だったけれど、幼いからと真実を隠されてしまえば、できることはないんですよね。
驍宗さんが悪いわけではない。
けれど、驍宗さんの強すぎる光を抑えて、ゆっくり進めるよう説得できる人はいなかったんですよね。
うーん、この先がぐるぐるしてしまって言葉になりません。
戴国苦しいよ。救われてほしい。
戴国が何をしたっていうんだ、泰麒が何をしたっていうんだ。
個人的に「月の影 影の海」を読んでいると楽しさが100倍になる作品だったので、最初に読んでいてよかったです。
ただ、「月の顔 影の海」と「風の海 迷宮の岸」は苦難乗り越え救いがある話構成だったのに、これは救いがなくて辛かったです。
泰麒が見つかっても、戴国が救われるとは限らない。
力を失った麒麟が戻るのが、国にとって本当に幸せなのか。
そんなところまで考えさせられてしまう。
魔性の子
「黄昏の岸〜」で描かれきっていない、泰麒側の一方その頃というお話(発表順だとこちらが先らしい……?)。
「黄昏の岸〜」前後で読むのが良さそうですね(前後どちらかは好みの問題ですが、個人的に魔性の子を先に読むと黄昏の岸に感じる苦しさが数段増してただろうなと思います……)。
慈悲の生き物麒麟が、その本質を失って、司令によって多くの存在を殺めてしまった事実が苦しすぎる。
帰還した泰麒は多分、この時の記憶あるんですよね。
つらいよ。
広瀬が、置いていかないでって言うのも苦しかった。
世界で唯一の理解者だった人に置いてかれるの、耐えられませんよね。広瀬がいなかったら泰麒は死んでいたかもしれないわけで、そうなっていたら戴国は新たな泰麒が成長するまで十年以上耐え忍ばねばならず、ということを考えると、本当にファインプレーとしか言えません。
泰麒の日本での名前である高里(たかさと)をつい「こうり」と読んでしまうたびに、いかんいかんとしてました。
「こうり」は驍宗の特権。
十二国記の苦しいとは毛色の違う苦しさがある作品なので、無理に読まなくてもいいんだろうなと思いつつ、読むと楽しい一作という印象でした。私は好きです。
華胥の幽夢(冬栄)
好き、好きなんです、こういう話。
泰麒と驍宗様の心温まる短編です。
この先の苦しみは全てこれで乗り越えてみせる(できるのでしょうか)。
私は、それはもう驍宗さんと泰麒の関係にメロメロでして、驍宗さんが泰麒を抱え上げたという描写を見て、無条件に膝下に手を入れて片手で抱え上げて、空いてる手で落ちないように肩あたりを支える抱っこを想像しました。
泰麒は驍宗さんの役に立ててないと思っているけれど、驍宗さんにとって泰麒がちゃんと必要な存在だと言うのも嬉しいですねえ。
嬉しい、嬉しい……。
前後に読んでいる作品との温度差で風邪をひきそうです。
個人的には、「風の海〜」の後にこの話を1回読んでほっこりする読み方が良いのかなあなんて思いました!
同文庫本内の他の短編はまだ読んでません。
最高、最高。
泰麒かわいい。好き。
白銀の墟 玄の月(一)
戴国の悲惨な現状をひたすら見せられて、とても苦しい。
とても苦しい中に、たまに希望が見せられるから縋りたくなる。同時に絶望も落とされる。
白雉は落ちていないけれど、泰麒は阿選を新王だという。本当なんですか、どうしてなんですか。
王宮に戻りたいがための嘘ではない気がしてしまうよ……。
この巻単体でここが、というよりも、この先への布石が散ってて苦しいって感じでした。
白銀の墟 玄の月(二)
驍宗が……死んだ? 嘘だ死んでないもん。
人違いだもん。
生きていて欲し過ぎて、1巻で描写あった牢屋に驍宗さんも囚われていたという、あまりにも都合の良い記憶の書き換えをしてしまった。
この感想を書いている途中で記憶の違和感に気づいて確認に戻ったところ、捏造記憶だったことが判明したところです。
いや、でもそれ以外も否定の根拠ならありますから。
・白雉が落ちてない
時系列的に、亡くなったのが驍宗さんなら泰麒が白圭宮へ着いたタイミングで白雉が落ちてないとおかしいんですよ。
白雉が落ちてないのだから、驍宗さんは生きてます。
・阿選を王にするには驍宗が王を手放す必要があるという泰麒の発言
これも、泰麒が虚偽を口にしていない場合は驍宗さんが生きている根拠ですよね(それはそれとして、華胥の〜の〜のおそばにいられれば無条件に嬉しいとのギャップで心臓がきゅってなる)。
だからね、驍宗さんは、死んでないもん。
ちゃんと戻ってきて泰麒と再会するんだもん(ワガママ)。
4巻出揃った後に出会えて良かった、本当に良かった。
分轄2クールアニメにありがちな1期→2期の待ちの絶望感を繰り返すところだった。
そう、私の手元には続きがあるのです。
感想らしい感想を書いてないけれど、個人的に驍宗さんが自分自身に対して「人望がない」と思っていることが明らかにされたの、堪らなかった。
驍宗さん、麾下のことをよく認識しているし、人望ないなんてこと無いと思うんだけど、「結果を慕ってくれている」という認識なんだなって……。
そりゃ、王に選ばれなかったとわかった時に将軍位を返そうってなりますよね……。
あと、阿選さんの置かれてる状況が気になって仕方ありません。
阿選さん周りのごちゃごちゃ思考はここにまとめています(多分間違ってることが多数含まれている)。
阿選さんのことを考える
私の中で、ちゃんと書く感想はこっち、思考情報整理は別ページというルール分けがある(というか、その方が書きやすいのでそうしている)ので、置き場が散らかりがちです。
結局これも、白銀の〜は感想らしい感想を書いていませんが……。
まあ、感情が我慢ならなくなったので仕方ないのです。
とりあえず、苦しみながら続きを読みます。
次は白銀を全部読んだ後に、全体を通してのまとめ感想を書きたいですね。
追記:
3巻を読んでいるところで、阿選さん周りで大胆な読み違いをしたことに気づきました。
ヤリちゃんが阿選の麾下だという先入観があったせいで「主」というぼかした物言いを完全に勘違いしてますね。
一気に読みすぎると、このように事実を拾い上げる力が下がって読解力に影響がでるのであまり良くないんだけど、続きが気になる……。
んーー、流石に読み違いが酷いので、この先を楽しむためにも「白銀の〜」の1巻に立ち返ろうと思います。
2回読めば流石に読み違えも残らないでしょう。
阿選さんの認識だいぶ変わるな。
私の勘違いにより、阿選さんはだいぶ美化して認識してました……トホホ。