ののはなメモ帳

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らくがき小話 セリスとシャナン

 シャナンは黄金色の山を眺めていた。山の先端にはまだうっすらと雪の名残がある。その上を一羽の鳥が飛んでいた。豆粒のように小さく見える鳥は、山の奥へ向かっているようだった。
「こいつもイード砂漠へ向かうのだろうか」
 シャナンはわずかな親しみをこめて呟やいた。風に流された髪を耳にかける。頬に触れた手がすっかり冷えていた。
 城へ戻るため踵を返すと、道の先にセリスが立っていた。寂しげな笑みを浮かべている
「セリス、何か用か?」
「やっぱり、バルムンクを取りに行くつもりなんだ」
 批難するような声だった。シャナンは曖昧に視線を逸らした。そのままセリスの横を通ろうとして腕を掴まれた。手首から少しずつ体温が奪われていく。あまりの手の冷たさに、セリスはずっと後をつけていたのだろうと思った。
「どうしてオイフェにも相談せず決めたの。みんな心配しているよ」
「その必要がなかったからだ」
「……シャナンがそうなったのって、ラクチェとスカサハが殺されそうになった時からだよね」
 セリスの手は小刻みに震えていた。
「あれは、シャナンのせいじゃない。むしろ、助けに来てくれたことに二人は感謝している」
 シャナンは伏し目がちに首を横に振った。
(危険な目にあわせた時点で、私の過失だ……)
 シャナンには託された者としての責任がある。果たすべき贖罪がある。ラクチェとスカサハの事件は、弛んでいた気持ちを締めつけ、そのことを再認識するきっかけだった。
「セリス、すまない。わかってくれ。私はおまえの両親と交わした約束を果たすためにも行かねばならないのだ」
 掴まれた手を振り解いて、シャナンは歩みを再開した。どれだけ進んでもセリスが後ろをついてくる気配はなかった。
 我慢ならず振り向いた先で、セリスは一歩も動かずに立ち尽くしていた。シャナンは一度引き返し、力なく垂れ下がる腕を掴んだ。冷えきった手にセリスの体温を感じた。
「帰るぞ。もうすぐ暗くなる」
「うん……。シャナンごめんね。危険な旅に一人で向かわせるようなことになって、ごめん」
「決めたのは私だ。それに、詫びねばならないのも私のほうだ……」
 シャナンは呟いてから、胸中に渦巻く想いを堪えるように下唇を噛んだ。

#聖戦トラキア
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