ののはなメモ帳

ブログ未満の内容たち

ナバールとマルス(小話)

今書いてる話の中での機能を失ってカットしたシーンを供養します……。気に入ってるので……。書いてる話はオグナバ前提です。
#アカネイア

(シーンに繋がるあらすじ)
マケドニアで負傷したナバールは、意識を失う直前に抱いた感情で、オグマに抱いている感情を改めて自覚した。
傷を癒すナバールを、戦いを終えたマルスが訪ねてくる。

•••

 ナバールが司祭を見つけ傷を癒している間に、マケドニア王ミシェイルを倒し、ガーネフも討ってきたと、マルスは言った。
 激しい戦いだったはずだ。ミシェイルは大陸一の飛竜の使い手と名高く、前にカダインでみたガーネフの魔法マフーも、今までに見たことがないほど強力だった。直接的な魔法攻撃の範囲外にまで伝わってくる圧迫感ある風。深く抉れた大地。焦げた匂い。
 想像に難くない激闘の後でも、マルスは疲れ一つ見せずに笑いかけてきた。
「ナバール、無事で良かった」
 つくづくお人好しだ。ナバールはまだ鈍く残る痛みを顔に出さず立ち上がった。
「務めは果たす。そういう契約だ」
「怪我は平気なのかい?」
「もう治った」
 マルスに構いもせず扉へと向かう。
「よかった。それなら次の戦いはキミを頼みにできるね。期待しているよ」
 期待、という言葉に反応してナバールは振り返った。
「期待……か」
 マルスは挨拶をするように他者へ期待を寄せる。だが、重ねた期待が叶わずに苦しむ姿は見たことがなかった。
「お前はどうしてそう簡単に期待できる。苦しくないのか」
 問いかけに、マルスはきょとんと目を丸めた。
「苦しい?」
「期待をしても、叶わぬ苦しみが募るだけではないのか?」
「けれど、きみは務めを果たすと言った。ならばそれを信じることが、命を預かるわたしの務めだよ」
「使命感だけで期待するのか」
 追求すると、顎に手を添えてマルスはうなった。青年の顔にあどけなさが映る。マルスは個人として人に向き合う時、必ず年相応の若さを顔に宿した。
「それは違う……かな。使命もあるけれど、それ以上にぼくが皆を信じたいんだ。信じた結果裏切られることになったとしても、最初から信じないよりもずっといい」
 マルスの言葉はほとんど理解できなかった。真剣な瞳が迷いなくナバールの姿を反射している。無言でその瞳を見つめ返していると、マルスは続けた。
「ぼくは皆の期待があるから困難な局面でも踏ん張ってこれた。だから、皆が戦っている時にも、ぼくの期待が皆の力の一助になってほしいと願っているんだ」
「わからんな」
「ぼくときみは違うから」
「わからないが、お前の考えは悪くない」
 マルスは木漏れ日のように柔らかい笑顔を見せた。
「ナバールは、出会った頃より丸くなったね」
「オレが変わったように見えるのか」
「だいぶ。今のきみなら握手をしてくれそうだ」
「握手か……」
 呟きながら手のひらを見つめた。どちらの手も剣で皮膚が硬くなっている。お世辞じゃないが、握り心地の良さそうな手ではない。
 マルスはいつの間にか目の前に立ち、手を差し出していた。
「ナバール、今更だけど……」
「この戦いが終わるまでだ」
 ナバールは自分より一回り小さい手を握った。
 マルスの手もナバールほどではないが硬かった。昔から剣を手にしてきた者の手だ。軍の代表でありながら、前に立ち剣を振る姿が思い出される。
「ありがとう」
 微笑むマルスを背にナバールは部屋を出た。
 触れた手の感触がいつまでも残っている気がして、むず痒かった。

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